天才政治!!

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剣史です~

今日は・・・

今までにない!!~というか、

最近気になっている真面目なお話をしたいと思います!!

そう!

珍しく~政治の話です(笑)

ま、ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが・・・

森喜朗元首相の発言が波紋を広げています!!

ということで、この方のコラムを引用します。

古賀茂明「日本再生に挑む」

官々愕々 森元首相の「お馬鹿発言」

森氏は、テレビ番組で、小泉純一郎・細川護熙の元総理コンビが主張する「原発即時ゼロ」について、「五輪のためにはもっと電気が必要だ。今から(原発)ゼロなら五輪を返上するしかなくなる。世界に迷惑をかける」と批判した。森氏は東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会会長への就任が決まっている。その森氏が、原発を動かさない限り五輪ができないと言ったのだから、この発言は日本だけでなく世界にとっても大きな問題になりかねない。

こう言うと、大げさに聞こえるかもしれないが、もし仮に原発が動かなければオリンピックが開催できないというのが本当で、それをIOC(国際オリンピック委員会)の委員達が知っていたとしたら、果たして、2020年オリンピックの開催地として東京を選んでいただろうか。

そう考えると、こんな疑問が湧いてくる。日本政府は、原発を動かさないと日本の経済は立ち行かないと常々言ってきた。本当にそうだと信じているのだとすれば、IOCに対して、日本政府はどのような説明をしていたのか。原発が動かなければ、電力が足りないとか、日本経済は立ち行かないと説明していたのだろうか。

その答えは、意外と簡単に見つかった。それは、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が、’13年1月7日、IOC本部(ローザンヌ)へ提出した14項目から成る立候補ファイルの中にあった。250ページを超える豪華なカラー刷りのファイルはネット上でも閲覧可能だが、全部で60MBを超える重たい資料だ。相当な金を使ったなと一目でわかる。

問題の箇所は、そのファイルの「08 競技及び会場」の項、121ページ以降に「既存の電力供給能力」という記述で掲載されている。詳細な説明を読んでみて驚いた。一言で言えば、「原発なしでも2020年の電力需要に『余裕で』対応できる」と言っているではないか。

このことは、日本政府に対する深刻な不信を呼び起こす。もし仮に、政府が、原発なしでは電力供給や日本経済に不安があると信じていたとすれば、日本政府はIOCに大嘘をついていたことになる。汚染水は「アンダーコントロール」と言った安倍総理の大嘘と並び、嘘で塗り固められたオリンピック誘致だったことになるのだ。

一方、仮に、IOCに本当のことを言ったのだとすれば、今度は、日本政府が日本国民を欺いていることになる。どちらにしても、政府は嘘つきだということは変わらない。

ところで、問題発言をした森元首相は、何故こんな初歩的なミスを犯したのか。筆者がこの件を報道直後にツイートしたところ、2日で3000件を超えるリツイートがあった。その呟きを整理してみると、以下の4つの可能性に整理された。(1)ファイルを読んだことがなかった、(2)読もうとしたが漢字が読めなかった、(3)読んだつもりだが、理解できていなかった、(4)読んだが忘れてしまった。

なるほど、と頷きたくなる。

しかし、本当はもっと深刻な問題がある。それは、この発言の目的が、東京都知事選の立候補予定者である細川元総理とその支持者である小泉元総理を批判することにあるのが明らかだからだ。現に、マスコミはそう伝えた。

だとすると、オリンピックを政治目的に利用しているということになる。明白な五輪憲章違反だ。

こんな人を東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会会長にするという。その人選を直ちにやり直すべきだ。

『週刊現代』2014年2月8日号より

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38208

ま、こんなことしてたら、

当然こんなふうに書かれるのはしょうがないですよね~

そして、もう一つ・・・

都知事選で注目されている舛添要一さんの発言について
福島みずほさんがこんなことを言っています。

舛添さんの本、書かれた文章、発言をあらためて読みました。舛添さんは原発推進論者です。

まず、舛添さんは、『諸君』1996年10月号に、「巻原発『住民投票』は駄々っ子の甘えである」という文章を寄稿しています。「住民投票を礼賛する世論が衆愚政治を生み、大衆民主主義をおぞましい独裁に変えるのだ」というサブタイトルが付いています。

最後にこうあります。

「原発建設は国のエネルギー政策の一環であり、ある特定の地域の意向に左右されるべきものではない。基地問題についても同様で、国の防衛政策に関わる問題なのである。 一地域の住民が、住民投票という手を使って国の政策の根幹を覆すことができるとすれば、そのような国はおよそ国家とは言いがたいのである。」

「人口3万人の町が住民投票によって国の政策を拒否することができるとすれば、残りの1億2,500万人の日本国民はどこでどのように自らの意思を表明すればよいのであろうか」

「ある地域が国の政策に対して反乱を起こすときは、最終的にはその国から独立する覚悟がなくてはならない。国からの補助金は懐に入れる、しかし国の政策には反対するというのでは筋が通らないし、それは駄々っ子の甘え以外のなにものでもない。」

基地であれ、原発であれ、事故が起きれば最大の被害を受けるのは地元の人々であり、地元です。地元の人たちが、命や健康を考え、基地や原発に反対をする気持ちは、十分理解できます。

それを駄々っ子の甘え以外のなにものでもないとするのは極めて問題です。

自民党の石破幹事長が、沖縄の基地に関して、国が決めることであり地元が決めることではないと発言をして、沖縄の人たちの猛反発を浴びたことと全く同じ構造です。 人の気持ちが全く分かっていないのではないでしょうか。

また、福島の人々をはじめ、原発立地県や周辺の人たちの原発反対の気持ちを全く理解しているとは思えません。

舛添候補は、著書『母を思い国を想う』(読売新聞社、1998年)では、「臨海地域に原発と米軍基地を建設することを提案したい」と発言しています。

また、舛添さんはエネルギーについてたくさんの文章を書いています。「完全図解 日本のエネルギー危機」(東洋経済刊)を読んでみました。
「動燃の事故処理の町酒、原子力発電に対する国民の懸念を深めてしまったため、核燃料サイクルの確立が遅れている。核融合が近い将来実現する可能性が少ない以上、二重1世紀にはプルトニウムを活用した高速増殖炉(エフピーar (を実用化することが不可欠である。」

舛添さんは、高速増殖炉や核燃料サイクルのを確立すべきだということを常に強調をしています。高速増殖炉や核燃料サイクルは技術的にも全く目処が立っていないものであるにもかかわらずなぜ推進や確立をこのように強調するのでしょうか。

もう一つ、女性差別発言がひどいことにも改めて驚きました。

「僕は本質的に女性は政治に向かないと思う。たとえば、指揮者、作曲家には女はほとんどいない。女が作曲した曲に大したものがない。なぜか、と考えてみると、実は指揮者は政治家に似ていることに気づいたわけ。オーケストラを統率する能力は、女性は男性より欠けているわけです。作曲家が少ないのも、論理構成をして様々なパーツを上手にワンパッケージにまとめる能力がないから。これはシングル・イシュー・ポリティックス(単一争点政治)とも関係してくる。」

「それから、体力の差ということでいえば、政治家は24時間、いつ重要な決断を下さなければいけないかわからない。そのとき、月1回とはいえ、たまたま生理じゃ困るわけです」

「女は生理のときはノーマルじゃない。異常です。そんなときに国政の重要な決定、戦争をやるかどうかなんてことを判断されてはたまらない。」

引用
福島みずほ(参・社民/党の党首。内閣府特命担当大臣などを歴任)
http://blogos.com/article/79289/

最初、端折ってお伝えしようと思ってましたが。。。

結局、ここも大事、あ、ここも~
てな感じで、全部引用してしまいました・・・ちょっと長かったですね~(笑)

先に言っておきますが、
私はどちらの味方でもありません。

どちらかと言うと、どちらも愚かだと感じます。

でも、これは来週の都知事選jに関係もありますし、
ほっておけないと思い書いてます。

今の政治家は意識を変える必要があると思います。

もちろんすべての政治家に言っているのではありませんが・・・

昔のように、尊敬出来る政治家はいない・・・

というか、いなくなった(´・_・`)

そして、昔と比較しての、もう一つの違いは・・・

国民は馬鹿じゃなくなったのです!!

当たり前ですが、昔の変な崇拝的観念に囚われることなく、

目をちゃんと開けているのです。

そう、明らかに賢くなっているのです~

どこでどう聞いたか覚えてないのですが、

これからは、天才が政治をするべき時代だ!!と聞いた事があります。

調べてみるとやはりありました。

共感出来ない部分もありますが、少し引用します。

平均以上の知性を持つ者のみが選挙権を有し、また被選挙権は、本人が希望すれば、知性が150以上の天才のみが得る権利を持つ(年齢、性別の区別はない)。

また、天才政治のなかでは平等な教育を否定し、早期の段階から天才や秀才を科学的に選別し、能力にあった教育を行ことを推奨している。この選別方式が重要であるが、良く知られている知能テストでは、知性を計測することは不可能なので、科学者達により、新しい知性の計測方法が開発されることに期待を寄せている。また、計測することが難しい、発明家や芸術家の才能も、天才達のグループに含まれることがあると考える。(←ま、ここは政治と関係してるところではないですが・・・)

結局、今のように
権力やお金に複雑に絡み合う人間関係~なんかに左右されない政治家が出てこないと
いつまで経っても良くならない気がするのです。

現に20世紀までは、平均的な教育がなされてきましたが、
21世紀はそうではないと思うのです。

適材適所!!という言葉通り、
人間には一見取り柄があるかどうか分からないという人でも
絶対人と違う長所があるのは、皆さんも分かってきているのではないでしょうか?

そこを大事にして大きく伸ばせば、絶対幸せになれると思うのです。

自分が出来ない事は、得意な人に任せてしまえばいいのです!!

そう、結局のところそれは!!!

『助け合って幸せになる生き方』
になると思うのです!!

これは、お互いを尊重出来ることにも繋がります!!

本当に『天才政治』が実現したら、いじめもなくなるかもしれません。

あなたはどう思いますか?

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